組合の沿革・100年の歩み Activity Report & History

100年の歩み100 years of history

福知山旅館ホテル組合は、平成28年5月9日に創立100周年記念式典を盛大に執り行うことができました。
これは偏に、行政始め関係各位のお蔭と感謝し厚く御礼申し上げます。

  • S39年 琵琶湖ヘルスセンター
  • S40年 鳥取砂丘
  • S42年 淡路島
  • S50年 広島秋芳洞
  • S54年 料理実習(市民会館)
  • S62年 淡路四国
  • S55年 料理講習会
  • H5年 ネンリンピック巡回指導に協力
  • H13年 黒部アルペンルート
  • H21 食中毒啓発活動に協力
  • こんな日差しの中弁当を放置
  • H19年 小豆島観光
大正宿屋組合設立
昭和五年三業組合時代
昭和二十年旅館組合設立
昭和二十一年
昭和二十二年
昭和二十三年旅館業法成立
昭和二十四年
昭和二十五年
昭和二十六年
昭和二十七年
昭和二十八年福知山大供水
昭和二十九年
昭和三十年
昭和三十一年
昭和三十二年
昭和三十三年東京タワー完成
昭和三十四年伊勢湾台風
昭和三十五年
昭和三十六年
昭和三十七年
昭和三十八年
昭和三十九年第十八回東京オリンピック
昭和四十年
昭和四十一年
昭和四十二年
昭和四十三年
昭和四十四年
昭和四十五年日本万博
昭和四十六年
昭和四十七年
昭和四十八年
昭和四十九年
昭和五十年
昭和五十一年日帰り親睦旅行(城崎)
昭和五十二年京都府音楽教室宿泊
昭和五十三年関係機関へ旅行組合パンフレット配布
昭和五十四年料理講習会
昭和五十五年料理講習会
昭和五十六年角川映画宿泊
昭和五十七年料理講習会
昭和五十八年大相撲福知山場所
昭和五十九年関係機関へ旅行組合パンフレット配布
昭和六十年京都国体調査提出
昭和六十一年国体専門委員会
昭和六十二年国体バレーボールリハーサル大会宿泊
昭和六十三年京都国体開催
平成元年国体感謝状配布
平成二年北近畿タンゴ鉄道宮津線開通
平成三年第一回福知山マラソン
平成四年関西大学秋季リーグ宿泊
平成五年ネンリンピック料理講習会
平成六年旅館組合と観光旅館連盟合併
平成七年PL法施工
平成八年福知山旅館組合八十周年式典
平成九年高校総体
平成十年第五十三回ミニ国体宿泊
平成十一年福知山商業甲子園出場
平成十二年福知山市美術館十周年記念式典
平成十三年福店衛生教会五十周年記念式典
平成十四年島原市友好親善訪問団 来福
平成十五年食品衛生推進員制度発足
平成十六年ノロウイルス食中毒予防講習会
平成十七年JR福知山駅高架開業 
平成十八年福知山市合併記念式典
平成十九年福知山市制施行七十周年式典
平成二十年福知山成美高校甲子園出場
平成二十一年福知山旅館組合ホームページ開設
平成二十二年京都府食品衛生協会総会
平成二十三年東北太平洋沖大地震
平成二十四年スポーツ観光に係る関係機関団体会議
平成二十五年福知山花火大会露店事故
平成二十六年福知山市内集中豪雨被害
平成二十七年手洗いマイスター制度発足
平成二十八年旅館組合百周年式典

沿革History of Fukuchiyama Ryokan Hotel Union

ここに福知山旅館ホテル組合の沿革の一端をご紹介させて頂きます。
当組合の前身は大正年間に{宿屋組合}として設立されされましてそれ以降会議。親睦の集いの中から存続して来ました。当時、軍都福知山における旅館は二十連隊の入営時には必要不可欠であり、外出日である日曜日にには、家族との面会などでおおいに賑わったそうです。昭和に入り戦前、戦中、戦後の間大きく変貌をとげ現在ではお客様のニーズにに応えるべく特殊性を持った旅館、ホテルか建設され充実、発展し現在に至っております。
素朴な人情が今なお残る城下町、人の心に残るふれあいの宿をご紹介いたします。
充実のひとときをお過ごしくださいませ。

S32年 日和山遊覧
S43年 南紀
S47年 伊勢
S62年 三段池公園テニスコート完成
H6年 片山津温泉北陸路
国体並の指導をしました。平成9年8月 
H23年 伊勢舟屋めぐり
H19年 ききょう祭り食中毒啓発に協力
H24年 嵐山、トロッコ列車
宿屋組合(創立)
かって街道筋から開けた旅籠が宿屋と言われるようになり、、大正年間になって宿屋業組合が設立されました。
三業組合(名称変更及び組織替え)
昭和初期から戦時中には、料理、飲食、貸席、置屋、宿屋の各組織が合併され、その名称も「三業組合」とされ時局対応させられました。
軍都福知山における旅館は20連隊の入営時には各店超満員になり、兵士の外出日である日曜日には、家族との面会などでおおいに賑わいました。
戦時下においては三業組合間では物資の配給、はてき税務の折衝などの業務もおこないました。
戦局風雲急を告げる昭和18年には、三業組合の店主による勤労産業奉国隊なるものが結成され、筑豊炭田におくりこまれ、石炭採掘に強制従事もさせられました。
旅館組合(三業組合から単独組合になる)
終戦前になりますと、三業組合は、極端な食糧難、物資不足等、加えて営業主の徴兵などによる労働力の欠如などで営業もままならず゛、旅館業以外は休業状態の店舗も多くなり、昭和20年に旅館組合は独立致しました。
終戦後の物資不足の時代や、昭和28年の大水害の大きなダメージををうけた旅館組合も、急速に発展して行く社会情勢の中でそのニーズにあわせていくべく、呼称も宿屋から旅館、ホテル等へと名を変えてその内容も豊富にしていきました。
旅館組合と観光旅館連盟
昭和33年に組合員の10店舗が旅館組合から分離し、福知山観光旅館連盟を設立しました。ここで旅館業の窓口が二つになりました。
その後旅館組合は吉田和雄、植野憲治二、秋田敬晶、木寺武男、正木明、一島信幸の各氏が、亦観光旅館連盟は、足立幸作、藤本信夫、足立安正の各氏が組合長を努めました。
福知山の旅館業界も、戦後の復興から高度成長へと目まぐるしく変動し発展する社会情勢の中で、ご宿泊の皆様のニーズに応えるため、和風旅館、料理旅館、シティホテル、ビジネスホテル等、その業態の特性をもつようになりました。
商都福知山へ来られるセールスマン、発展し続ける工業団地の施設拡充に来られる建設関係のお客様、更に大きなイベントも催されますスポーツ関係のお客様、福知山城をメインにして観光に来られるお客様、など福知山に宿泊して良かった、素晴らしかったと喜んで頂くよう受け入れ態勢を整えております。
前組合長正木明氏は昭和53年就任、組合の活性化を目指して、先ずパンフレットを作製して関係機関へ配布、現組合長一島信幸氏は平成20年に就任、インターネット時代に応じてホームページを開設して団体客の受け入れに対処し、また業態に応じた配宿を可能にしております。
スポーツイベントへの協力
観光資源がいささか乏しい福知山ではありますが、それに代わる素晴らしいスポーツ施設が当市には設けられております、即ちテニスコートであり体育館です。更に道路スポーツに最適な環境を持ちますロードもあります。
これらの施設を利用されての全日本、全関西等のスポーツイベントが、昭和63年の「京都国体」を契機ににしまして数多く開催されるようになりました。
お蔭さまで多数の選手、役員等のご宿泊があり感謝致しております。これにお応えいたしまして福知山旅館組合は、宿泊料金等におきましても良心的な価格でこれらの大会に協力しております。福知山マラソンも全国的に定評があり、近年出場者は増える一方でであり多数の宿泊客を受け入れております。
旅館組合と観光旅館連盟との合併
平成6年4月に合併、36年間の悲願が達成しました。
100周年記念式典の開催について
一世紀の長い間、福知山旅館組合が支えられてこられたのは、組合の諸先輩の功労者及び各旅館、ホテルの勤続従業員各氏のご尽力のお蔭であります。
その間、行政始め関係機関のご支援のお蔭であります。これらの皆々様に感謝申し上げますと共にこれからのご協力を申し上げます。
福知山旅館組合から福知山旅館ホテル組合に名称変更
平成28年100周年記念式典を機に時代対応して名称変更を行いました。